「沼」の少女と「誰とでも寝る女の子」
村上春樹の「羊を巡る冒険」に出てくる「誰とでも寝る女の子」はよく直子の転生と言われますが、つげ義春の「沼」(1966)の少女の転生ではないでしょうか。
「ねえ、私を殺したいと思ったことある?」
「ただ、誰かに殺されちゃうのも悪くないなってふと思っただけ。ぐっすり眠っているうちにさ」
というセリフは「沼」の
「いっそ死んでしまった方がなんぼか幸せ・・・」
「蛇は....人間の首をしめたりしないだろう」
「するよ きまって私がぐっすり眠ってしまってからや」
「夢うつつなれど 蛇にしめられるといっそ死んでしまいたいほどいい気持ちや」
の反復(残響)ではないでしょうか。
但しここは場面としては中上健次の「岬」(1975)のラストの秋幸と異母妹の場面に酷似しています。
「彼が反応を示さないのをみて、「なに考えとるのお」と言った。」
「煙草を口にくわえ、火をつけ、ごほんごほんと咳をして、「はい」と、彼にそれをくわえさせた。」
「死のと思ったことあるか」彼は訊いた。
「しょうもない」女は言った。」
以上、「岬」文春文庫 265頁
「「あなたはいったい何を抱え込んでるの?」と彼女が突然僕に訊ねた。」
「それから二本ぶんの煙草に火をつけて一本を彼女にわたした。彼女は煙を吸い込んで吐き出し、それを三回つづけてからひとしきり咳きこんだ。
「ねえ、私を殺したいと思ったことある?」と彼女が訊ねた。」
(「羊」文庫本上19.22頁)
まるで「岬」を書き直したみたいですね。
ただ村上の方がずっといいです。中上はたまったもんではないですね。
(村上は村上龍に「そろそろ中上さん読んだ方がいい」と言われて読んだと中上との対談で言っています。読んだのはデビューしたあと、龍との対談(1980)の前後ですね。「岬」「枯木灘」は読んでいます。)
「沼」の少女を使って「岬」を上書きする。離れ業です。